厨房コラム  厨房や料理に関するちょっとした話題をご紹介します。 |第1回第2回

第2回    円山応挙「七難七福図」に見る“武家の本膳料理の舞台裏”

        〜その衛生面への気配り〜

江戸時代の祝宴として別冊太陽の「料理」(平凡社1997年刊)に掲載されていた、円山応挙筆「七難七福図」。絵の解説には、『武家の正式の本膳料理も江戸時代にはさらに豪華に、また、口にあうように工夫され、祝いの宴などの基本的な料理になる』と書かれていました。

ここで絵を見てみると、左手の井戸から汲んできたと推測される桶を両手にもつ板間を歩く人物。その横では大盥に鯛らしき魚を入れ、傍らで鱗を取っており、隣では食器を別の大盥で洗い、別の大盥手前の人物が水を捨てています。衛生面に気をつけた絵であるのは一目で理解できます。この場所は「下処理、洗浄」になりますので、現代でいう汚染区域の扱いです。

奥の間では、包丁人の座る場所は畳の様に見えますが、まな板の置き場は板間で、まな板の扱いは、鶏、魚と分けているのが分かります。さらにその奥には、伊勢海老、鮑、鯛、蛤が描かれており、見ていてその鮮度を感じるほど美味しそうに見えるのは、衛生的なポイントを現代に通じる技量で描いているからに違いありません。恐らく、応挙は絵師として見たままを描くのではなく、事前に調理作業の内容を細かに調べ、納得のうえに描かれていたと思われます。

横の畳の間には、先程の食器を濯いだり拭いたりしている人達がいますが、盥で濯いでいる人物の眉間にしわを集めた顔の表情から察するに、濯ぐ湯の温度が少々熱めだったのではないでしょうか?

さらにその右は、煮炊きの場所のようです。火のもとになる右横に描かれている炭入れに入っている炭は、形状から焼き物に使用する火力の強い備長炭というよりは、茶道に使われているクヌギの炭に見えますので、ここでは湯を沸かす、メインディッシュの煮物の調理がメインであったと推測できます。

周辺では、三方が棚に収納されており、配膳掛りと思わしき姿の武士が盛り付けをしているのが見うけられ、下処理、洗浄、調理、盛り付け、配膳と、各々の担当者が、交差汚染させないようにと加熱調理で菌を殺し、盛り付け後速やかに料理を提供して菌を増やさないなど、十分に役割を全うし料理を作っていた様子がうかがえます。

現代の我々も、古(いにしえ)の先人に教えられることが多いですね。

文:西 耕平(ニチワ電機・営業本部長兼コンサルタント部長)